8月、青森の岩木山麓にある森のイスキアへ行ってきました。
昨年の初夏に続き、こうしてまた森のイスキアで初女先生にお会いできるなんて、
本当にありがたいことです。結んでくれたMちゃん一緒に旅したお友達ありがとう。

変わらぬ笑顔で迎えてくださいました。

太陽の光を浴びる梅干さんたち。一粒ずつ大切に丁寧に。

禅寺で応量器で精進料理を頂いたときの感覚を思い出しました。
ただご飯を受け取ることが神聖にも感じます。
おむすびを作っている初女先生に聞いてみました。
「おむすびを作るときに、心がけていることはどんなことですか?」
「お米一粒一粒が呼吸しやすいようにしすること」
先生が私のおむすびをみて少し微笑んで、「ちょっと量が多いね、おむすびが重たいねえ」と。
ご飯も多すぎた欲張りな私・・・そしてギュッと握りすぎ・・・
先生の言う「重たいねえ」はおむすびの声だ。
ごめんね。
おむすびがまるで私の身体のように感じました。
カタチには拘るのに「一粒一粒が呼吸しやすいように」ということを気にかけていただろうか?
これはヨーガのアーサナのときにも言えることかもしれない。

森のイスキアで朝ヨーガ。
のびのびとはそう、こんな感じ!
握ったおむすびは、そっとタオルで包んで休ませます。
おむすびを見ながら先生はこう付け加えました。
「話もそう、間が大切。待つこと。休ませること。」
「みんな忙しすぎるねえ」
おむすびは母の顔が浮かびます。
そこにはきっと、やさしさとつよさがむすばれているのかな。
いつかそんなおむすびをつくれるようになるといいな。
旅のすべてに感謝を込めて。
acco
昨年の初夏に続き、こうしてまた森のイスキアで初女先生にお会いできるなんて、
本当にありがたいことです。結んでくれたMちゃん一緒に旅したお友達ありがとう。
変わらぬ笑顔で迎えてくださいました。
太陽の光を浴びる梅干さんたち。一粒ずつ大切に丁寧に。
禅寺で応量器で精進料理を頂いたときの感覚を思い出しました。
ただご飯を受け取ることが神聖にも感じます。
おむすびを作っている初女先生に聞いてみました。
「おむすびを作るときに、心がけていることはどんなことですか?」
「お米一粒一粒が呼吸しやすいようにしすること」
先生が私のおむすびをみて少し微笑んで、「ちょっと量が多いね、おむすびが重たいねえ」と。
ご飯も多すぎた欲張りな私・・・そしてギュッと握りすぎ・・・
先生の言う「重たいねえ」はおむすびの声だ。
ごめんね。
おむすびがまるで私の身体のように感じました。
カタチには拘るのに「一粒一粒が呼吸しやすいように」ということを気にかけていただろうか?
これはヨーガのアーサナのときにも言えることかもしれない。
森のイスキアで朝ヨーガ。
のびのびとはそう、こんな感じ!
握ったおむすびは、そっとタオルで包んで休ませます。
おむすびを見ながら先生はこう付け加えました。
「話もそう、間が大切。待つこと。休ませること。」
「みんな忙しすぎるねえ」
おむすびは母の顔が浮かびます。
そこにはきっと、やさしさとつよさがむすばれているのかな。
いつかそんなおむすびをつくれるようになるといいな。
旅のすべてに感謝を込めて。
acco

イスキアの青空と優しいグリーン
きれいに並んだうめぼし達
空の下でのびのびしている足^^
気持ちいい感じすごーーーく伝わります。
一粒一粒が呼吸しているか?なんて考えた事もなかった。
ふんわりと、でも崩れないようにって事ぐらい。
自分自身がちゃんと呼吸しているかも気を付けなければ
忘れてしまうのに、どうしたらそんな風に思えるのだろう。
猛スピードで変化している社会で生きながらも
そういう気持ちを持っている人がいる事をココロに
置きながら毎日を過ごしていったら少しは見習う事が出来るかな?
ブログを読んでいただきメッセージも送っていただいたこと、うれしいです。ありがとうございます。
お料理している時、初女先生はこうおっしゃっていました。
トマトを優しく扱いながら、
「もしも私がトマトだったら、どんなふうにあつかわれたいか・・・」
どんなときも相手の気持ちになる。
それが人であっても、トマトでもおむすびでも。
きっと同じ。
ひとつということ。
今度ぜひ一緒におむすびを作りたいですね。
小さな行動を続けていけたらいいなって想います。
これからもどうぞよろしくお願いします。
acco