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某月某日

昨晩未明より降り続く雨の中、新木場の田口さんの所に誰そ彼の為の機材を借りに行った。
そろそろ誰そ彼当日の朝の定番となりそうな、新木場~築地~神谷町というコース。
機材を載せた後は、雨の本願寺にお参りをし、築地市場場外で遅めの朝ご飯を取る。
今回は、いつも通りがかりに気になっていたきつねやのホルモン丼にした。
雨は激しさを増してきて既に我々の体に野外フェス感が身に染み出している。

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こんな豪雨の中、果たしてお客さんは来てくれるのだろうか?という不安の中、とりあえず午後まで光明寺の和室で仮眠。

目が覚めても空は変わらず、続々集ってくるスタッフやご出演の方々と口々に「天気が残念」と言い合っていた。

しかし、押し気味ながらもなんとか4組のリハを終えて開場しようと戸を開けるとビックリ!、テラスにはそれなりの人数のお客さんが集まってくれている。

ライブ一番手はRocket or Chiritori。
2009年のThe Rational Academyとの共演を経て、今回は彼らからのラブコールもあり二度目の出演依頼をさせて頂いた。
バンドスタイルでのライブは久し振りとの事で、ご当人達もとても楽しみにしてくださっていたようだ。

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今回持参してくれた手作りの限定新作epの一曲目「ohametsu daihyakka」からスタート。

相変わらず青春の瑞々しい感覚を呼び起こしてくれるメロディーが素晴らしい。
90's Alternativeの良い加減を飄々と体現してらっしゃる姿勢は、我々誰そ彼スタッフも非常に憧れるところ。今一緒にイベントをしている事を嬉しく思い乍ら聴き入ってしまった。
これまた新作ep収録の「Tom-kun」もいい曲。

続き、Chihei Hatakeyamaの演奏。

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これも想像以上に誰そ彼のステージにマッチしていて、密かに心が小躍りしてしまった。
温かみのあるロケチリのパフォーマンスでほぐれた心を、再びピシッと引き締めるような筆圧高めの音。
こんなにピンポイントで胸を打つドローンは初めてだ。
まるで本堂の空間に絵を描いているかのように感じられた。

A Happy New Yearは、NY在住のオーストラリア人Eleanor Logan姐さんのソロユニット。

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事前に音を聴いた限りではラップトップや機材を並べて歌うのかとおもいきや、意外にSG&サムエフェクターという弾き語りスタイル。
キャットパワーなど、往年のマタ女(マタドール女子)好きには堪らない感じの
これまた90's Alternative根付く文系パフォーマンスに眩しさを覚えた。

そして、光明寺僧侶 松本紹圭による法話の時間。

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今回は法話というよりは、何故このイベントが始まったのか?という切り口から、我々の活動の芯となるこころの部分について話してくれた。

トリのThe Rational Academyが始まる前に、僕はベンジャミンとの約束を果たすべく、1枚のレコードをかけた。
彼は覚えているかわからないが、2年前の来日直後にTwitterのやり取りの中で、Dr.OctagonのBlue Flowerっていい曲だよねという話になり、「次に誰そ彼きた時はかけるよ!」と約束していたのだ。
イントロがかかった瞬間に、舞台でセッティング中だったベンジャミンが
気付いてこちらを見て、親指を立てて笑ってくれた。

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The Rational Academyは前回出演時とは編成がガラッと変わっていた。

本堂でドラムは基本的に使えないので、それらを考慮したお寺用セットにしてくれているが、小音でもバッチリとマイブラ的な甘くてノイジーな音像を紡ぎ出していた。
ベンジャミンのメロディーや歌声は相変わらず人懐っこく、オケをバックに歌いあげた数曲にもすっかり引き込まれてしまった。
音楽に愛すべき人柄が溢れ出している。


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最後は恒例の読経にて終了。
クロージングBGMとしてかかった「SMiLE」を聴きながら、豪雨の中来てくださったお客さんやご出演者、そしてスタッフ達に感謝。

ありがとうございました。次回は(恐らく)来年の春に!

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LUZ DO SOL

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某月某日

朝7:00に家を出ると土砂降りだったが、有楽町線が地上に出て新木場に着く頃には何とかあがっていた。
この日行われる誰そ彼 Vol.22の為に足りない機材を借りに、スタッフ数名が集まった。
工業用のデカいエレベーターに乗ってあがると、ドラマの撮影にでも使われそうなガランとした大部屋の一角にスピーカーやらアンプやら謎の機械やらが、乱立して街をつくっている。

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その中から、いつもお世話になっているTaguchiの田口社長が顔を出す。
まるでバックトゥザフューチャーの博士みたいでかっこいい。

いくつかの機材を車に詰め込むと、築地で朝飯を食おうという声があがった。
土曜なので場内市場があいている、僕は兼ねてより食べたいと思っていた『中栄』のカレーを主張した。
みんなインドカレー辛口とハヤシライスの「あいがけ」を注文。まんなかのキャベツの使い方が迷うところだ。

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インド留学を経た光明寺の松本君は、お店の雰囲気や市場そのものの空気にインドを思い出していたけど、世界中どこへ行っても賑わう市場というものはこんな感じなんじゃないかな、と僕は思った。
今日の出演者の久住昌之さん原作の『孤独のグルメ』の主人公だったら、どんな事をつぶやきながらあのカレーを食べ、何を思ってこの市場の通りを歩くだろうか。

そのまま築地本願寺へお参りをしたら、修学旅行か合宿かというムードで妙なテンションになり、光明寺についたら皆でビールをひとくち飲んで、雑魚寝で仮眠をとった。

1時間後、昼を迎えて準備を始める頃には晴れ間も見えてきた。
実はこの日お願いしていたPAさんがぎっくりをやってしまってまさかのPA交替劇があったり、光明寺にあると思われていたプロジェクターが平塚のお寺に行ってしまってたり、「nam」印刷中のプリンタが断末魔の叫びをあげたり、色んなトラブルが多発した。準備でこんなにドタバタする誰そ彼を久々に見た。

各自何とか持ち場でこらえつつ、開場してお客さんが入ってくると、とてもホッとするとともにドッと疲れが襲ってくる。。。
しかしそんな疲れも、トップバッター久住さんによるスライドショー「Projector Q」をみて笑ってふきとんでしまった!

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久住さんが各地で撮り貯めたおもしろ看板、へんてこ物件などを映写しながら的確なつっこみをいれていくのだが、これがとても素晴らしい。
何が素晴らしいかというと久住さんは何気ない日常の風景を切り取って、それをガラリと愛おしいものに変容させる視点の持ち主。
その風景の中に残された誰かの思いを見事に抽出して、楽しく共感できる形で見せてくれるのだ。

実は以前からずっと、光明寺でProjector Qをやって頂きたかった。
お客さんが爆笑なのはもとより、ご出演者の平田王子さんもお腹を抱えて笑っていらして、やはり今回このお二方にお願いして大正解!と確信が出来た。

そのまま、久住昌之 & BlueHipのステージ。
誰そ彼でこんなに大人数のステージを見るのも久しぶりといえる編成で賑やかに始まった。
先ほどのProjector Qと同じく、久住さんの曲は老若男女が楽しめる、初めてでも楽しめるという点が、お寺という場所にマッチしていると感じる。
だからこそ築地本願寺ライブでも、境内ステージと本堂ステージの両方を務めて頂けたのだ。

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確か2007年にご出演頂いた時には「できたて」と仰っていた『お寺へGo!』は寺ライブの定番になりそうな予感。誰そ彼のテーマ曲にさせて頂きたいくらい。
『歩いてゾンビ』という曲の中で『スリラー』のフレーズを挟んで、セクシーダンサーが踊る場面には、日本の宗教観のおおらかさを思ってうれしくなった。

気付けばあっという間に時間は過ぎて、ラストは大名曲『自由の筈』でシメ!阿弥陀様をバックに歌われる「生まれちゃうのは偶然 いつか死ぬのは必然」という歌詞がググッと皆のこころに沁み込んでくる。

続いては増田将之さんによるご法話。増田さんとはこの日まで直接の面識がなかった。ご出演の経緯は、なんと誰そ彼で法話がしたいと直々に申し出てくださったのだ。
これは本当に有難いこと。お寺のライブイベントを続けていて良かった!と思える瞬間。

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控え室からこの日の会を楽しんでおられたご様子で、前述の久住さんの『自由の筈』の歌詞について「いつか死ぬのは必然」と歌われていたが、今日話そうと思っていた事とほぼ重なっている、という出だしから。
光明寺のお坊さん木原君や、誰そ彼スタッフで僧侶の杉生さんも、この歌詞に対して仏教的な意味あいを感じていたが、やはり仏教の考えと同じなんだなと再認識。久住さんはその影響があって書かれた歌詞なのだろうか。

はじめての場、という事もあり今回は増田さんご自身の人生の経験を軸に語られていた。
意外にノリの良いお方で、キャッチーな挿話も交えつつも最終的にちゃんと仏教のお話に着地し、「死」というものに対しての思いを馳せた。

お寺で「死」について思いを馳せるなんて、一見すればなんとなく湿っぽくなってしまいそうなシーンであるが、全然そんなことない。この日の誰そ彼の雰囲気は、いつにも増して「陽」のパワーに溢れている。それは、増田さんのお人柄があり、その前の久住昌之 & BlueHipのステージ、そしてProjector Qでの大爆笑という流れがあってこその事。
さっきまで犬のおしっこで電柱が溶けてる写真を見てみんなで笑っていたかと思えば、その1時間後には同じ場所でお坊さんに「死」についての話を聞く。それらをフラットに成立させたいというのは、誰そ彼の本望なのだ。

そしていよいよ今日の大トリ、平田王子さんのご登場。
久住さんのライブが"太陽"のパワーだとしたら、平田さんは"こもれ陽"だろうか。木々の葉を通して届くあたたかい光のイメージだ。
一曲目は平田さんの新しいアルバムの中でも僕が特に好きな『Isto aqui o que e』で始まった。静かに、幸せがこみ上げてくる。

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昼間のリハーサルの時、音が大きいと本堂の扉を閉めるのだけど、平田さんの場合は大きくないので、あえて扉を閉めずにリハーサルをして頂いた。
というのは、単に僕が光明寺の外の緑色の景色を眺めながら平田さんの演奏を聴きたいという個人的な魂胆からだったのだが、平田さんもテラスの外の景色を見ながら演奏をする事で感じいるものがあったようだ。

テラスから見える古い大きな桜の木。木の下にはお墓が広がっている。その木を思って、なんとなく愛のうたを歌いたくなったとの事で、ジョビンのナンバーを中心に演奏されていたのだ。
凄く感覚的だけど、僕も何故か凄く同調して、愛のうたを聴きたくなった。
来ているお客さんも同じ気持ちになっていたら嬉しいなと思い、そして平田さんも仰られていたように、昼間の光明寺に来てあの木を見ながら今夜の演奏を思い出してもらえたらもっといい。

平田さんオリジナルの『台風リンゴ』は日本語の歌詞バージョンも良かった。ハワイアンの曲もお寺にとてもマッチしていた。
ちょうど一年前の10/20『誰そ彼 Vol.20』にご出演いただいた渋谷毅さんの名曲『生きがい』では、色んなご縁を思って思わずグッとくるものが、、、。
いつか渋谷さんとのデュオでもご出演頂けたら...と、贅沢な妄想もしてしまった。

また、平田さんが光明寺で演奏した感想として「お寺ならではの開かれた空気を感じる」と仰っていた。大分忘れてしまっていたけど、僕も8年前初めて光明寺を訪れた際に「この風通しの良さなら何でもできそうだな」と感じて誰そ彼を始めたのだった。
いつかその空気を当たり前に感じる様になったけれど、またその感じを思い出してみよう、なんて初心にかえるような懐かしくて新鮮な気持ちになったりもした。

最後は、光明寺のお坊さんと増田将之さんが登場し、お客さんも一緒にみんなでお経を詠んで終了。ありがとうございました。

本日はお寺の音楽会「誰そ彼」へ、ようこそお参りくださいました。


某月某日

8月の終わり、ひと雨あって街中の空気がスッと様相を変え始めたその日「光明寺たそがれ夏祭り」を開催した。

光明寺に着くと、強烈に香しいスパイスの香り。お寺別館の台所でインド料理屋さながらの匂いを発しているのはなぎ食堂 / mapの小田さん。
どう捻ってもおいしいカレー以外は出てこなさそうな鍋の様子を感じて否応なしに期待は高まる。

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出演の王舟さんはお寺の畳の上に足を投げ出して、ゆっくりとした佇まいでギターを鳴らしている。高城昌平さんもやってきた。
ご出演者、スタッフ達が揃ったお寺の一室には、まるで暫くぶりのいとこ同士が集まってきたかのような、"他人ではないかんじ"の空気が既に横たわっている気がした。
これからみんなでやるのはライブイベント?、、、もしかしたらホームパーティーのようなものかもしれない。

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開場前、お客様が続々と集まるテラスもなんともいい空気。
"残暑" という美しい日本語を忘れてしまいそうなくらいの優しい風がテラスにそよいでいる。

今回は光明寺に新しく導入されたスピーカーのお披露目会も兼ねての夏祭り。お寺の設備を使わせて頂くだけなので準備は早い。
いつものスピーカーは外に出張して、スタッフ齋藤くんの選曲をテラスに届けた。

最初のライブは高城昌平さん。軽妙なMCで誰そ彼への入り口をより親しいものにしてくださり、リラックスしたムードで演奏がスタート。
ソロ故にceroではやらない曲を、という事でカヴァー曲を交えつつだったが、一貫したテーマが通底しているような楽曲たちに、お寺の本堂で向かい合う。
夏の終わりのみんなの心にしっとり浸透してくる、静かな泉のようなひんやりとしたギターと歌声だった。

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光明寺新スピーカーは快調に鳴っている。このスピーカーのお父さんとも言うべき方、ユニット部分を開発したLEEDの江夏喜久男さんに話して頂いた。
「この音を聴いてどう思いますか?」
あまりに率直な質問に思わずたじろいでしまい上手く回答出来なかったが、言われてみれば確かに判る「音が真っ直ぐ聴こえる感じ」
音は真っ直ぐにしか飛べないから、真っ直ぐに飛ぶユニットを作ったという。変に反響したりせず、所謂 "音がまわる" 感じがない。
江夏さんは「あの向こうのお墓まで届く」と自信を持って断言されていた。
お経が墓地に満ちる様子を想像してなんだかうれしい気持ちになった。

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続いて光明寺僧侶の松本紹圭による法話。この法話の声もお墓に染み込んでいるだろうか。
人の苦しみとは「思い通りにならない事」、例えば身近で言えば、背がもう少し高ければとか、もっといい仕事に就きたい、とか。
そんな導入から、実は"生まれる事"も望んだわけではないので仏教では"苦しみ"の内に入るという考えに話は及び、そこからするすると原因を辿っていくとどんどん頭が整理されていく。
ほんのちょっとの視点の変化で少し気持ちがラクになる事がある。仏教は一緒に悩んでくれるから、多くの人にとってとっつきやすく、ヒントが見出し易いのだと思う。
お坊さんはその手助けをしてくれるのだ。

ラストは王舟さんのライブ。
意外にも寺ライブは初と仰っていたが、本堂の前で正に堂々と響くギターと歌は男らしくかっこよかった。

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序盤は高城昌平さんをゲストに迎えてのメドレー。電気グルーヴの「虹」カバー等も聴かせてくれた。
しなやかに聴こえるのに、芯が太く、繊細なのに豪快。相反する二つの印象が入れ代わり立ち代わる不思議な個性だ。
最後に演奏された名曲「Thailand」の歌声は光明寺新スピーカーによってお墓を越えてまだ見ぬ彼の地に届かんばかり。
居場所を失くして暗闇に浮かぶかのようなこの心地良い感覚が、いつまでも続いてほしいと願った。

そしていつもの様にみんなでお経を詠んで終了。
ご来場くださったお客様、御出演者の方々、スタッフのみんな、ありがとうございました。

某月某日

神谷町の空はよく晴れていた。
6月最初の土曜日『誰そ彼 Vol.21』の当日、御徒町で2軒のカレー屋にふられてしまった僕は、結局神谷町の行きつけの中華屋で冷やし中華を食べる事に決め、信号を待っているとスタッフのサイトウくんも来た。

思わず2人でビールを頼み、イベントに向けて気合いを入れるどころかますますリラックスしてしまった。
今年最初の冷やし中華とビールの組み合わせは最高に旨かった。

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うっかりビールを飲んでしまったものの、みんなのがんばりで恙無く準備は終了し、開場。
涼しげな風が吹き始めた光明寺のテラスでは、飲み物片手に談笑する人々、スパイスの香りにつられお坊さんの作ったベジカレーを食する人、なんとはなしに墓地を見つめる人、それぞれライブまでの時間を過ごしている。

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誰そ彼スタッフが作成したジン『nam』の評判も上々のようでよかった。

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一番手は佐立努さん。持参の小さなアンプをフィードバックさせ、小さなノイズを堂内に広げる。
歌う声は密やかで、メロディーは美しい。
まるで小さなニールヤングのようだ、と思った。
思わず人柄の滲み出る曲間のMCの佇まいにも大きく共感。

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風は段々と涼しさを運び、インドからのお客様を招き入れる。
ディネーシュ・チャンドラ・ディヨンデさんは来日14年のタブラの先生だ。
上手な日本語でタブラという楽器の概要を説明した後は、とにかく叩きまくった。
タブラとは打楽器にしてなんと雄弁に語るのか、と思わせるのは流石の先生の技術故。
お寺にタブラってのはベタ過ぎて今まで考えてなかったけど、当たり前に良い。悪かったら困る。

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ここで一度クールダウン、一年間のインド留学を経て帰国した光明寺僧侶、松本紹圭氏の法話タイム。
インドで「経営」を学んで思い至ったという話は正に誰そ彼ジン『nam』の語る一面と符合した。

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ラストはmoon face boys。
昨年の光明寺大掃除の時、moon face boysのCDRをラジカセでかけたら、スタッフのNちゃんはアルゼンチンの(音響系一派の)人かと思ったそうだ。
誰そ彼の宣伝をすべく小田原FMでmoon face boysをかけてもらった時、インターネット経由のサイマルラジオの妙な音質で聴いたらバシッとキマってたし、辺境のデバイスがマジックを呼ぶらしいmoon face boysの音楽。
やはり光明寺の風景の一部にも溶け込み、親しみの空気で堂内を満たしてくれた。
急遽客演が決まった名古屋のMC HADAさんによる異化にも思わず膝を叩く。

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そしていつもの様にみんなでお経を詠んで終了。
ご来場くださったお客様、御出演者の方々、スタッフのみんな、ありがとうございました。

片付けや打ち上げで各スタッフから聴いた声は、「誰そ彼らしい誰そ彼でよかった。」との事。
"誰そ彼らしさ"の定義はよくわからないが、自分もなんだか凄く「安心」でいられる時間であったと思う。
どうやらその場限りにこしらえられた空間とは思えない。目には見えないけど、まるで地底の水脈のようにどこかで会場の皆さんと繋がっていると思える景色があった。

この日久々に誰そ彼の舞台で法話をしてくれた光明寺の松本君とも話していたように、まずは自分の見渡せる世間がナイスビューである事。その中に居る人たちから見てもナイスビューである事。
そんな機会をひとつでもふたつでも、自分達のできる範囲で作っていく事が今は大切に思えるのだ。
まるで草むしりのように、シンプルで地道だけどたいせつな事。
整えられた庭は何度でもながめたくなる、安心で豊かなナイスビューであるはずだから。

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