LUZ DO SOL

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某月某日

朝7:00に家を出ると土砂降りだったが、有楽町線が地上に出て新木場に着く頃には何とかあがっていた。
この日行われる誰そ彼 Vol.22の為に足りない機材を借りに、スタッフ数名が集まった。
工業用のデカいエレベーターに乗ってあがると、ドラマの撮影にでも使われそうなガランとした大部屋の一角にスピーカーやらアンプやら謎の機械やらが、乱立して街をつくっている。

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その中から、いつもお世話になっているTaguchiの田口社長が顔を出す。
まるでバックトゥザフューチャーの博士みたいでかっこいい。

いくつかの機材を車に詰め込むと、築地で朝飯を食おうという声があがった。
土曜なので場内市場があいている、僕は兼ねてより食べたいと思っていた『中栄』のカレーを主張した。
みんなインドカレー辛口とハヤシライスの「あいがけ」を注文。まんなかのキャベツの使い方が迷うところだ。

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インド留学を経た光明寺の松本君は、お店の雰囲気や市場そのものの空気にインドを思い出していたけど、世界中どこへ行っても賑わう市場というものはこんな感じなんじゃないかな、と僕は思った。
今日の出演者の久住昌之さん原作の『孤独のグルメ』の主人公だったら、どんな事をつぶやきながらあのカレーを食べ、何を思ってこの市場の通りを歩くだろうか。

そのまま築地本願寺へお参りをしたら、修学旅行か合宿かというムードで妙なテンションになり、光明寺についたら皆でビールをひとくち飲んで、雑魚寝で仮眠をとった。

1時間後、昼を迎えて準備を始める頃には晴れ間も見えてきた。
実はこの日お願いしていたPAさんがぎっくりをやってしまってまさかのPA交替劇があったり、光明寺にあると思われていたプロジェクターが平塚のお寺に行ってしまってたり、「nam」印刷中のプリンタが断末魔の叫びをあげたり、色んなトラブルが多発した。準備でこんなにドタバタする誰そ彼を久々に見た。

各自何とか持ち場でこらえつつ、開場してお客さんが入ってくると、とてもホッとするとともにドッと疲れが襲ってくる。。。
しかしそんな疲れも、トップバッター久住さんによるスライドショー「Projector Q」をみて笑ってふきとんでしまった!

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久住さんが各地で撮り貯めたおもしろ看板、へんてこ物件などを映写しながら的確なつっこみをいれていくのだが、これがとても素晴らしい。
何が素晴らしいかというと久住さんは何気ない日常の風景を切り取って、それをガラリと愛おしいものに変容させる視点の持ち主。
その風景の中に残された誰かの思いを見事に抽出して、楽しく共感できる形で見せてくれるのだ。

実は以前からずっと、光明寺でProjector Qをやって頂きたかった。
お客さんが爆笑なのはもとより、ご出演者の平田王子さんもお腹を抱えて笑っていらして、やはり今回このお二方にお願いして大正解!と確信が出来た。

そのまま、久住昌之 & BlueHipのステージ。
誰そ彼でこんなに大人数のステージを見るのも久しぶりといえる編成で賑やかに始まった。
先ほどのProjector Qと同じく、久住さんの曲は老若男女が楽しめる、初めてでも楽しめるという点が、お寺という場所にマッチしていると感じる。
だからこそ築地本願寺ライブでも、境内ステージと本堂ステージの両方を務めて頂けたのだ。

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確か2007年にご出演頂いた時には「できたて」と仰っていた『お寺へGo!』は寺ライブの定番になりそうな予感。誰そ彼のテーマ曲にさせて頂きたいくらい。
『歩いてゾンビ』という曲の中で『スリラー』のフレーズを挟んで、セクシーダンサーが踊る場面には、日本の宗教観のおおらかさを思ってうれしくなった。

気付けばあっという間に時間は過ぎて、ラストは大名曲『自由の筈』でシメ!阿弥陀様をバックに歌われる「生まれちゃうのは偶然 いつか死ぬのは必然」という歌詞がググッと皆のこころに沁み込んでくる。

続いては増田将之さんによるご法話。増田さんとはこの日まで直接の面識がなかった。ご出演の経緯は、なんと誰そ彼で法話がしたいと直々に申し出てくださったのだ。
これは本当に有難いこと。お寺のライブイベントを続けていて良かった!と思える瞬間。

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控え室からこの日の会を楽しんでおられたご様子で、前述の久住さんの『自由の筈』の歌詞について「いつか死ぬのは必然」と歌われていたが、今日話そうと思っていた事とほぼ重なっている、という出だしから。
光明寺のお坊さん木原君や、誰そ彼スタッフで僧侶の杉生さんも、この歌詞に対して仏教的な意味あいを感じていたが、やはり仏教の考えと同じなんだなと再認識。久住さんはその影響があって書かれた歌詞なのだろうか。

はじめての場、という事もあり今回は増田さんご自身の人生の経験を軸に語られていた。
意外にノリの良いお方で、キャッチーな挿話も交えつつも最終的にちゃんと仏教のお話に着地し、「死」というものに対しての思いを馳せた。

お寺で「死」について思いを馳せるなんて、一見すればなんとなく湿っぽくなってしまいそうなシーンであるが、全然そんなことない。この日の誰そ彼の雰囲気は、いつにも増して「陽」のパワーに溢れている。それは、増田さんのお人柄があり、その前の久住昌之 & BlueHipのステージ、そしてProjector Qでの大爆笑という流れがあってこその事。
さっきまで犬のおしっこで電柱が溶けてる写真を見てみんなで笑っていたかと思えば、その1時間後には同じ場所でお坊さんに「死」についての話を聞く。それらをフラットに成立させたいというのは、誰そ彼の本望なのだ。

そしていよいよ今日の大トリ、平田王子さんのご登場。
久住さんのライブが"太陽"のパワーだとしたら、平田さんは"こもれ陽"だろうか。木々の葉を通して届くあたたかい光のイメージだ。
一曲目は平田さんの新しいアルバムの中でも僕が特に好きな『Isto aqui o que e』で始まった。静かに、幸せがこみ上げてくる。

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昼間のリハーサルの時、音が大きいと本堂の扉を閉めるのだけど、平田さんの場合は大きくないので、あえて扉を閉めずにリハーサルをして頂いた。
というのは、単に僕が光明寺の外の緑色の景色を眺めながら平田さんの演奏を聴きたいという個人的な魂胆からだったのだが、平田さんもテラスの外の景色を見ながら演奏をする事で感じいるものがあったようだ。

テラスから見える古い大きな桜の木。木の下にはお墓が広がっている。その木を思って、なんとなく愛のうたを歌いたくなったとの事で、ジョビンのナンバーを中心に演奏されていたのだ。
凄く感覚的だけど、僕も何故か凄く同調して、愛のうたを聴きたくなった。
来ているお客さんも同じ気持ちになっていたら嬉しいなと思い、そして平田さんも仰られていたように、昼間の光明寺に来てあの木を見ながら今夜の演奏を思い出してもらえたらもっといい。

平田さんオリジナルの『台風リンゴ』は日本語の歌詞バージョンも良かった。ハワイアンの曲もお寺にとてもマッチしていた。
ちょうど一年前の10/20『誰そ彼 Vol.20』にご出演いただいた渋谷毅さんの名曲『生きがい』では、色んなご縁を思って思わずグッとくるものが、、、。
いつか渋谷さんとのデュオでもご出演頂けたら...と、贅沢な妄想もしてしまった。

また、平田さんが光明寺で演奏した感想として「お寺ならではの開かれた空気を感じる」と仰っていた。大分忘れてしまっていたけど、僕も8年前初めて光明寺を訪れた際に「この風通しの良さなら何でもできそうだな」と感じて誰そ彼を始めたのだった。
いつかその空気を当たり前に感じる様になったけれど、またその感じを思い出してみよう、なんて初心にかえるような懐かしくて新鮮な気持ちになったりもした。

最後は、光明寺のお坊さんと増田将之さんが登場し、お客さんも一緒にみんなでお経を詠んで終了。ありがとうございました。

本日はお寺の音楽会「誰そ彼」へ、ようこそお参りくださいました。


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このページは、管理者が2011年10月30日 11:26に書いたブログ記事です。

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