ワールド・パッション

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某月某日

会社帰りに吉祥寺のサムタイムに寄った。
以前誰そ彼でベースを弾いてくれた福岡の松永誠剛くんが
ブッキングしたライブがあったのだ。

出演はフランスのレミ・パノシアンのピアノトリオ、
そしてアルメニアのティグラン・ハマシヤンのソロピアノという
ピアノづくしのイベントだ。

サムタイムの階段を降りると、いつもの安心の空気が広がっている。
誠剛くんは前日の東京JAZZでティグランの演奏を
初めて生で聴き、その若き才能にやや興奮気味の様子。
今回誘ってくださったキングレコードのSさんも準備に動いておられた。

最初はフランスのレミのトリオ。
曲も演奏も兎に角瑞々しく、隅々までに愛嬌がゆきわたる。
バラエティに富んだ楽曲の上で、会場を楽しませようという
3人の心意気が和やかに競いあっている感じだ。
ひとつのショウとしてすっかり完成しているにも関わらず
全然暑苦しく感じないのはなんだかフランスっぽいのかなと思う。
そしてやはりレミの若い感性に共感する部分も大きい。

誰そ彼で過去二回も演奏してくれているピアノのSaaraさんも途中でサムタイムにやってきて乾杯。
久々の再会がうれしい。

そして愈々、アルメニアのティグラン・ハマシヤンの演奏。
レミとはまた違った魅力の人だ。
寡黙で朴訥とした青年で、なんとなく親しみと好感を抱いた。

tigran.jpg

祖国アルメニアのフォークソングを素地としているのか
清らかなる静謐さと、若さ宿る前衛の往来に、フっと郷愁を匂わせてくる。
そして、徐々にパッションを盛り上げていくミニマリズムにはジョン・ケイルのギターを思い出したり、
思わず漏れ出る唸り声と歌にミルトン・ナシメントのサウダージを浮かべ、
その躍動の隙間に時折キラキラ光る清流のような、あたたかく精緻なタッチはジスモンチみたいだ。

ピアノのスタイルで言ったら、いくつかのジャズの巨人の名が挙がるのだろうけど
それだけでは語りきれない魅力を備えていると思う。
前述のアーティスト達はもちろんの事、例えばレディオヘッドやビョークを聴くような
ロックリスナーにも気に入られそうな才能だ。

聞くところによると、世界的にも有名になってきたティグランが
故郷アルメニアを離れないのは、ボーダレス化が過ぎる世界へのアンチテーゼとの由。

イマドキのいわゆる「何でもあり」が慢性化すると、"ロマン"みたいなものが
足りなくなってきちゃうんじゃないかという漠然とした危機感を覚える時がある。
世の中にはそっとしておかれるべき奥の場所がきっとあって
その境界にどかどか土足で踏み込んでくるような「ボーダレス化」ならご免、て僕は思う。

ティグランのようなアーティストには、ボーダーをキープしつつマージナルをどんどん徘徊してほしいな。

以上は完全に僕の思いですが、ティグラン本人の思いについてインタビューを読んでみたいなあ。
この来日で、いくつかの音楽誌に露出していればいいけど。

因みに、誰そ彼は夕暮れ時のどさくさに紛れて何時の間にか境界線を曖昧にしておくのが趣味。
朝が来るまで気付かない、
一夜限りのフラットな場所を標榜とする。
、、、ナンチャッテ!

kawatare.jpg

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このページは、管理者が2011年9月16日 00:16に書いたブログ記事です。

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