2011年3月アーカイブ

某月某日

生憎の雨だったが、東京都現代美術館のレストランcontentには多くの人が集まった。

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元々は、ミュージシャン3名とPA1名、そして僕の5名がただ集まり話そうという会のはずが、あれよという間にイベントになった。
既存のイベントに相乗りさせてもらった形ではあるが、雨というのに予想以上の人が来たので嬉しかった。
演奏も全部良かった。
あまりにジャンルがばらばらでcontentならぬ「混沌」という感じで、「秩序」に向かう出発点としてはバッチリだ。

今は個人個人が必死に再構築を行っている時期だと思う。
「再構築」だけど、構築後の自分は前とは必ず違う自分。
こんな時だからこそ、多くの人と出会ったり再会したりして、刺激や興味や情報を共有したほうがいい。
自粛傾向もわかるけど、もっと人が出会える場がどんどん作られたほうがいい。

だから今回の瞬発力は良かったと思うな。
トリガーとなってくれた、松永誠剛くんに感謝。

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やってみてわかった事。ひとつはこんな中だけどやればみんな集まるという事。
ふたつめは、地震の事を少しでも忘れられる瞬間はやってくるという事。
みっつめは、やっぱり電気で増幅した音は気持ちいいという事(笑)

僕も微力ながら転換DJをさせてもらったが、大きい音でディランの「北国の少女」や渋谷毅オーケストラの「Soon I will be done with the troubles of this world」なんかを聴いてなんだか高揚した。安心もした。

今回、場所や機材だけでなくスタッフ達の賄いまで用意してくださった(おいしかった!)懐の深いcontentさんにも感謝の念。ありがとうございます。

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あそこに集まって、出会った人たち、再会した人たちが、共有できたものを各人の現場に持ち帰ってフィードバックして、再構築へ繋がる何かが始まるといいな。
自分も今度は誰そ彼の仲間達と、話して共有しようと思う。

追伸1:
松永誠剛君による、同日についてのブログエントリー。

追伸2:
この日の出演者で、僕が久々に再会したホテルニュートーキョーの鍵盤の中村ケイサクさん。
彼が参加しているtoeというバンドが、ダウンロードのチャリティーシングルをリリースしています。
静かで、熱くて、とても良い曲なのでおすすめです。
「一日でも早くみんなが普段の日々=Ordinary Daysに戻れるように。」

某月某日

震災後すぐに福岡のベーシスト、松永誠剛君からこんな呼びかけがあった。

- 支援イベント、アイディア、コンサートを計画・募集中! どこから手をつけて良いのか分からないですが、九州エリアの方、SHIKIORIは無料で使用OKです! みんなでアイディア考えましょう!

松永君は3/21に東京に来て、演奏もできる用意でくるとの事だ。まずはその日に、同世代の仲間たち5名で会って話をしようと決めた。
光明寺は春のお彼岸で大忙しなので場所は借りられそうにない。すると、東京都現代美術館内のレストラン、contentで集まるのはどうか?という提案があった。

更に、幸いな事にcontentさんのご厚意で、21日はアーティストの為に開放してくださるという。
場所のみならずPA機材、DJ機材等もお貸し出し頂けるとの事。本当に有難い。
僕もみんなで聴きたい音楽を持って参加しようと思う。

何かしたいけど、何からしたらいいのかわからない人、
みんなの顔を見て安心したい人、
とにかく誰かとなんか話したい人、
休みだから音楽でも聴きに行くか、という人
腹が減っては戦は出来ぬ、という人
等等、、、そんな人は一度集まってみよう。
2011年の春分の日に同じ時間をシェアしてみよう。

詳細は、下記にcontentオーナーの大地さんの文を引用します。

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『SKETCH OF GARLAND』
3月21日(月 .祝) @ content  東京都現代美術館 11:00~22:00 free

みんなで集まって、これまでのこと、これからのことを話し合うとともに、
祈りを捧げ、一緒に食事でも出来たらと考えています。

皆様のそれぞれの状況もあると思うので、
無理なくご参加して頂けたらと思います。

また当日は場所とライブ機材、djブース、ユーストリーム中継を開放します。
アート、音楽、食などの力を信じて、前に進めたらと。

今自分にできることを。
明るい未来を信じて。

daichi/garland

circulation harmony

店舗に募金箱を設置し、皆さまからお預かりした義援金は、
大切に被災された方々にお届けいたします。

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以上。
明日は春分の日、皆さん是非!!


某月某日

震災から1週間、、、

喋る事を躊躇ってしまうのは危ないなと思い、ここら辺でそろそろ一度Twitterじゃなくてblogの速度で自分の頭を整理したいと思った。

大切なのは話したい相手が居て、その人に正直な思いを話せているかどうかだ。
そうやって軸を定める事は心の衛生に繋がると思う。

僕は東京に住んでいて、幸いな事に被害は少ない。
なんというか、無事に生きており、大きな不便も無く、月曜から金曜まで会社で仕事をした。
だけど帰ってTVをつければ、信じられないくらいに呆気なく街が壊れ、大勢の人が亡くなっていることがわかる。

今や、震災前の自分の頭の中がまるで別次元の出来事の様に偲ばれ、俯瞰さえしているほど。
価値基準のちゃぶ台返しにあったようなキブンだ。

但し、それらがひっくり返った裏側にあるのは決して虚無じゃない。
それまでの自分の思考の優先順位のソートがリフレッシュされ、
思いもよらなかった感情が押し寄せてきている。
我ながら非常に情けないけど前に比べて、より素直で人間らしい感情やまるで当たり前のおおらかな思いが湧き出している。
なぜか自分に欠けていたピースがカチッとはまったような心地だ。

今は色々と麻痺していて、これから自分にも鈍い痛みがどっとやってくるのはわかっている。
精神的にも経済的にも耐えなければならない季節が訪れるのはそう遠くないはずだ。
その痛みに負けない為に必要な、本能的な人間の成長の兆しが自分の心に現れているのかもしれないな、と今は思っている。

誰そ彼スタッフ達に安否確認のメールを送ると、口を揃えて「まずは自分にできる事をやります!」との声がかえってきた。
「元気なひとはまずは自分が参らないように。元気でない人を助けられるように。」
みんなそうなんだな、そういう当たり前の事がグッと胸に迫っているんだな。

僕も、自分なりに吠えたり啼いたりしながら、日本というキャラバンとの歩みを続けていこうと思った。


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明日の神話

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某月某日

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岡本太郎さんが生誕100年との事で、世間が盛り上がっている。
僕も学生時代に人並みに『今日の芸術』に感銘を受けて著書を読み漁り、太陽の塔を大阪まで見に行き、生田緑地の美術館によく足を運んだ口だ。
今ではその時ほどの熱はないけど、それでも2年に1回くらいはTARO参りと称して絵を見に行く事がある。
何かを始める時などはイキオイをもらえていい。

来週から東京国立近代美術館で記念展も始まるようだけど、NHKではスペシャルドラマをやっている。
『TAROの塔』というタイトルで、太郎役は松尾スズキさんだ。太郎の役を引き受けたという事自体がすごいし、やはり役を研究されたとみえ雰囲気も出ていると思う。かなりのプレッシャーだっただろうな。

以前NHKで水木しげる先生のラバウル戦記を香川照之さんが演じた事があったけどそれも凄くはまり役で、更に大友良英さんによる音楽も素晴らしかった。
今回のはエンドテーマが美輪明宏さんというのも気に入っている。

寺島しのぶさんによるかの子も凄い。その他配役はなかなか絶妙でスッと話に入る事が出来た。

1話目は太郎さんが万博のプロデューサーを引き受けるまでが描かれ、その間に幼少期の両親との思い出が挿入されていく構成だった。

「人類の進歩と調和」というテーマは、確かに如何にもお役所の考えそうな無難なもので、常に挑戦の中に生きている太郎さんにとっては全く相入れる所ない言葉だろう。
事実、そんなテーマは「ノン!」と否定をしながらも、万博のプロデューサーを引き受けている。

僕は79年の生まれで、岡本太郎さんの生前の記憶は残念乍ら薄い。当時の世間からどのような評価があったのかもわからない。
ただ"アヴァンギャルドの岡本太郎" が、(少なくとも体面上は)体制側で旗を振ったという状況を想像すると、そこに岡本太郎という人物の人柄を垣間見る事が出来ると思う。

確かに、一芸術家が国家規模の大きな予算と機会を動かして創作をするなどは、前代未聞である。それは紛れもなく大きなチャンス。
それがどんな経緯であれ、挑戦しよう、危険な道を行こうと考えられたのが、岡本太郎さんの格の違う点なのだろう。

ドラマでは小日向文世さんが、今は記念館になってる青山のアトリエを訪ねて「更迭されるかもしれない!」と土下座して頼み込むシーンがあったが、その個人も含めて、日本自体を助けてあげなければという人情的な使命感もあったのではなかろうか。
決してそんな事は口に出さない人だし、表情からはわからないけど、実は驚く程に繊細な心配りのお方なのである。
芸術家として地獄の道を孤独に歩み乍らも、いざ頼られると古来の日本男児らしい親分肌が見えてくる。然るべき決断と恐るべき実行力。そんな所が凄く好きだ。

そして結果はご覧の通り。日本国民は「ノン!」とは言わなかった。今では100歳を祝われる程の人気者だ。
当時のメディアはあまり太陽の塔についてふれなかったと言うが、触れられなかったのだろう。
保守も前衛も関係ない問答無用にみんなの心に響くベラボーなもんを作ったのだ。
実に難解なホンネとタテマエのクロスロードを、圧倒的な創造性と実行力で成し遂げたのだ。

ドラマはまだ2話目の録画を見れていないが、今後が凄く楽しみだな。

そういえば、生田緑地の美術館で生前の岡本敏子さんを一度だけお見かけした事がある。
大きな窓から差し込む陽光に照らされて、実に柔らかい顔で笑ってらした。凄く幸せそうな佇まいだったな。

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