マスター・アンド・エヴリワン

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某月某日

以前、saara trio として誰そ彼にご出演くださったベースの松永誠剛君の呼びかけでちょっと遅めの新年会が催された。
同じく saara trio や Kenji Ikegamiさんのバンドメンバーとして2度誰そ彼で鍵盤を弾いてくださったピアノのsaaraさん、そしてSawada+Haradaというユニットでご出演後も外国人出演者のアテンドなどで大変お世話になっている原田君、誰そ彼のPAをずっと担当しているFlysoundの福ちゃん、等など僕と同年代のメンバーが集まった。
昨年11月の『音泉温楽2010』でも同メンバーが集結した事があったが、その時は場所も相俟ってかまるで修学旅行で他校生とつるむようなワクワク感を覚え、それ以来また一緒に酒を飲むのを楽しみにしていたのだ。

他にも、誠剛君繋がりのミュージシャンや音楽関係者が集い、京急蒲田駅に程近いカウンターだけのお店がいっぱいになった。
料理が驚くほどおいしいこのお店『侍』も、誠剛君のご縁のあるお店で初めてなのにとても居心地が良い。"ここじゃなきゃだめ"感をひしひしと感じた。
一番奥の席から、店の中のなんとも幸せな光景をにやにやと眺めていると、其処此処で交わされている話も其々おもしろそうだ。

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僕はPA福ちゃんと原田君と、お寺の構造あるある話をした。
おこがましい事承知の上で発言すると、光明寺の本堂はなんというかライブ向き。
所謂ステージ領域を設け、両脇にスピーカーを配置、そこから聴衆の座れる領域が充分に取れる。謂わばライブハウス的構造なのである。
光明寺に限らず、他のお寺にお参りした際も、僕はついついそういう視点で本堂を見てしまうが、福ちゃんは光明寺以外のお寺さんでもPAの仕事があるので余計実感があるようだ。

二人の共通の意見としては、光明寺のようなライブ向き構造のお寺というのは意外に少ない。
聴衆の座れる領域が寸足らずの場合が多いのだ。
仏様が色んな角度から見れるようにとの配慮なのか、せり出しており「余間」という左右のスペースにも座れるようになっている、コの字カウンター的構造が多い。
"音楽を聴く"という観点からすると、スピーカーの配置や演奏者の立ち位置などが難しい。

勿論、お寺の本堂は元々そういう観点では設計されていない。
福ちゃんなんかは、だからこそうまくやってやろうという面白さはあるかもしれない。天井の構造や壁の材質などは、ライブハウス等には無い特色があるわけだし。

僕は、お寺に"コの字カウンター的構造"が多いという点に思い至ったのが可笑しかった。
今日のような小さなお店によく見られるコの字カウンターは、ご主人ひとりで切り盛りするための作りといえよう。
全てのお客さんが視野に入り、注文を聞き易い、そして料理を出し易い。
これって、正に仏様のメソッドと似てる。人々をみておられ、人々から聞き、そして手をさしのべる。
お店では唯一の存在であるご主人と、お寺で唯一の存在である仏様。
どちらの方も、はたらきやすいようにその仕事場が整えられているという事か!
なんて考えながら、カウンター内で良い香りのつみれ汁を椀によそっているご主人を見た。

IMG_2137.jpg

※写真は誠剛君のアフリカ土産。「AFC48」ポスター。ガムで壁に貼られていたらしく4隅がべとつく。

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このページは、管理者が2011年2月26日 16:29に書いたブログ記事です。

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