Niji

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某月某日

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まもなく、2012年7月19日で『お寺の音楽会 誰そ彼』は10年目に突入する。
丸9年をぼんやりと振りかえってみて思う事は、「たくさんの人と出会ったなあ」という事だ。
イベントとして、多くの仲間や、ご出演者、そして来場くださる方々にとても恵まれているとつくづく実感する。
そして寛大にもこのようなイベントを開催させてくれている光明寺のみなさん。本当に感謝に絶えないです。
みなさん有難うございます。

イベントが続けられている事に対する感謝の思いがあると共に、一個人として『誰そ彼』の存在に感謝する思いがある。
『誰そ彼』の活動で得られる、仲間たちとの共感、出演者たちとの共感、ご来場の方々、そして仏教への共感は、何時の間にやら僕個人の人生の豊かさと密着していた。
自分のパーソナリティーを自己分析すると、『誰そ彼』以上に共感を得られる世間は無いのではないかと思う。
本当に有難いご縁だ。

世の中に、こんな気持ちの人があと100人増えたら、生き苦しい世の中由来によるいくつかの社会問題は緩和されるのではないか?と本気でちょっと思う。

少なくとも、光明寺さんの『誰そ彼』や『オープンテラス』の活動で大小あれど人生の豊かさみたいなものを享受されている人は、僕から見える範囲だけでも結構居る様に思う。
そして各々環境や事情は違えど、この「お寺」という施設は日本全国にコンビニよりも多い数で存在しているのだ。

(誤解を恐れずに)"お寺を利用させてもらっている身"としては、「ここにお寺の可能性があるんですよ!」と声を大にしたい。

だからこれから、この9年とそして10年目以降、僕が体験しているプロセスや、得られた結果をどんどん外へ発信していきたい。
それは光明寺さんや仏教への感謝であると共に、これから自分が担っていく使命のひとつかもしれないなと感じ始めている。

そんな思いも込めつつ、超宗派仏教サイト『彼岸寺』のインタビューに応えさせてもらった。
これを読んでくださった方が、僕たちのこの9年間のプロセスや成果を少しでも読み取って頂けたら嬉しいなあ。

【Interview】
・『彼岸寺』仏教はオルタナティブである/「誰そ彼」10周年記念 インタビュー
http://www.higan.net/news/2012/06/10.html


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某月某日

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2012年5月19日開催の誰そ彼  Vol.24の告知用フライヤーが届いた。デザインしてくれたのは僕の高校以来の友人K君だ。
誰そ彼創始メンバーの一人で、開始後数回の誰そ彼フライヤーは彼の手による。
 
ある時彼は、デザインの勉強をする為に英国へ留学し、それからなんとなく連絡が途絶え、疎遠となってしまっていた。 
 
考えてみたら、光明寺の僧侶になる前の東大生の松本圭介君と僕が知り合ったのは彼の引き合わせだった。
彼の誘いで松本くんの主催していた学生サークルに入って、音楽イベント開催の経験をしたり、今にまで至る仲間達との縁を紡いだ。
つまり彼が居なければきっと、誰そ彼はなかったんじゃないかな。 
 
彼と僕の出会いは高校時代、共通の友人づてに「音楽の趣味があいそう」という事で紹介された気がする。   
確かベックやビースティーボーイズやニルヴァーナの話で盛り上がり、「アタリティーンエイジライオットってすごい変なバンドがいてさ、、、」なんて話をした記憶がある。90年代真っ只中のハナシ。
 
それから僕らは一緒に色んな場所へ行って、くだらない話やマジメな話をしたり、音楽を聴いたり映画を見たり、とにかく感性を共有した。 
その空気感は今でも『誰そ彼』というイベントの中に流れていると思う。 
 
本当なら留学から帰ってきたらすぐにまた合流するつもりだったけど、色んな思い違いや仕方ない事情で彼は合流しなかった。
僕もずっと気になっていたけど、無闇に動いても意味がないような気がして、時を待っていた。
 
「待っていた」とはいっても、別に再会できる確信があったわけではない。このままずっと会えない未来のほうが想像に容易かった。
 その間、僕に出来たのは光明寺で『誰そ彼』 という旗を掲げ続ける事だけだった。 

だからある日突然彼が連絡をくれて再会して、今またフライヤーを作ってくれるなんて夢みたいだ。   
でもこれは嬉しい現実。印刷されたフライヤーはちゃんと我が家と光明寺に届いた。 
それを今日からみんなで配って、それを偶然手に取ってくれた人達が5/19に光明寺を訪れるのだ。   
   
- K君のカムバック。
僕は、やはり全ては正しい場所におさまるのだ、と思う。   
それがつまり、ご縁というものなのだろう。

---
お寺の音楽会 『誰そ彼 Vol.24』

日時:2012年5月19日(土) 17:00~21:00
場所:梅上山 光明寺(東京 神谷町)
http://www.komyo.net/
料金:1,000円 with 1ドリンク
※ 今回はご予約制ではありません。当日、どなたでもご入場頂けます。

 出演:
 [Live]
・Nils Berg Cinemascope (from Stockholm, Sweden)
http://www.nilsbergcinemascope.com

・Saara Trio
http://soundcloud.com/saara/saara-trio-fly-high-live-in-tokyo-at-komyo-ji

[法話]
・木原祐健(浄土真宗本願寺派/神谷町オープンテラス店長)
http://www.komyo.net/kot/

[PA]
・Fly sound
http://www.fly-sound.com/

[選曲]
・Busse Posse DJ's

[Food]
・料理僧 KAKU (彼岸寺/暗闇ごはん)

 [Drink]
・神谷町オープンテラス
http://www.komyo.net/kot/

 [more info]
・お寺の音楽会 誰そ彼
http://www.taso.jp
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"旅から来た者帰った者が、自分しか知らない外部の事実を語ることで、これは近年ますます多くなっている"

"珍しい客がよそから来た時なども、珍しいからなるだけのその客に話をさせます。こういう話を世間話といいますが、世間というのは元は土地より外という意味でありました。
ところが昔の人たちは、余り広くその世間を知りませんでした。本も乏しく新聞もなく、旅行もそうたびたびはしなかったからであります。"



上記は柳田國男の『なぞとことわざ』という本からの引用だが、僕はこの本が大好きでもう何度も読み返している。
少し昔の、それこそ夕暮れ時を「誰そ彼」なんて呼んだりもした時代の人々の言語コミュニケーションや、ツールとしての言葉の使われ方が生き生きと描かれている。

特に気になるのが、先に引用したような外の世間からやってくる言葉やお話と、人々とのスリリングな邂逅の部分だ。
この本の中ではその箇所はあまりズームアップされないのだが、当時はそういう瞬間が稀にあったはずで、それはきっと今の時代には思いもよらない刺激的なものだったのだろうと想像する。

小沢健二のここ数年の著作『うさぎ!』や『企業的な社会、セラピー的な社会』、展覧会『我ら、時』、そしてライブツアー『ひふみよ』、『東京の街が奏でる』、これらを体験して思うのは『なぞとことわざ』の時代の村人たちの気分だ。
例えば、『東京の街が奏でる』での演奏の合間には「モノローグ」と名付けられた、小沢健二による世間話が挿入されていたが、これがもうほんとに世間話。
インド映画のオチについての話や、ネパールの変わったボディランゲージの話とか、広く世界の土着的な世間話。
『なぞとことわざ』の時代から比べるとこれだけ情報化が進んで、外の世間との往来も容易になったというのに、相変わらずびっくりするくらい文化や習慣の違いは存在し続けている。
僕たちにもまだまだ新しい世間話を待望する余地があるという事がわかる。

同時に僕らの世間は今現在あまり明るくないという事も思い出すけど、まだ知らない様々な世間話の中に、様々なヒントとなるような知恵や視点が詰まっているらしい。

それは古くからあることわざやなぞかけと同じようなこと。
この頃の小沢健二は、そんな事を教えてくれる語り部の様に見えるのだ。


追伸:
今回のツアーでは『LIFE』というレコードが全曲演奏され、(前回は日本語に置き換えられていた)「LIFE IS COMING BACK!」というフレーズが高らかに歌われた。
『LIFE』は18年前に作られ、その当時の東京の街の空気が詰め込まれている。聴き返してみると少し幻想的に感じられる。
フォークロアかファンタジーかと思える公園通りや東京タワーやいちょう並木の匂いがよみがえってきて、少し心がざわざわとしてしまった。

18年後、今の東京の匂いをどんな風に思い出すのだろう?

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富士山

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本年も誰そ彼をよろしくお願いいたします。

2012年も半月経とうとしていますが新しい年ということで、富士山にまつわるお話しをひとつ。

■ 2011年5月、西武池袋線の大泉学園に引っ越した。駅から南に10分弱、小さな商店街に隣接した新しいマンションだ。4階だての3階角部屋、周辺に高い建物なく空は広い。

冬が近付き日の出が遅くなると、僕の起きる時間でも朝焼けが綺麗に見れる様になった。
それとともに、建物の4階通路から富士山が見える事がわかったのだ。
『誰そ彼』なんてイベントをやっているだけに、日頃夕景に思い馳せる事が多いが
冠雪の富士に沈む冬の夕日などは格別に感じて、機会を見ては4階の富士見スポットにあがるようになった。

■ 年の瀬、西武池袋線からも白い富士がきれいに見えるよねという話になった。
利用者ならば周知の事だが「富士見台」という駅周辺で、一時富士山が見える。
だから「富士見台」なのか、、、そんな話をした。

同じ頃、僕は『昼のセント酒』という本を読んでいた。
2011年、誰そ彼に二度目の出演をしてくださった久住昌之さんのエッセイで、「銭湯の一番風呂あがりに、明るいうちから酒を飲む」という、風呂好き酒飲みにはたまらないテーマの一冊だ。
その中で、数少ない銭湯絵師として、銭湯の背景絵を描いている中島盛夫さんの話があった。
銭湯といえば、壁面に描かれた富士山や風光明媚な楽園のような景色。銭湯の減少と共に背景画の絵師も減っており、日本に現在3名しか居ないらしい。

たまたま読んだ練馬区の情報誌にもちょうど 中島 画伯のインタビューが出ており、練馬区北町在住であるという事を知ってますます親近感を覚えた。

■ 年は明け、同居人が『昼のセント酒』を読んでてある事を教えてくれた。
マンションのエントランスに掛けてある「赤富士」に「ナカジマ」と署名が入っていると言うのだ。
僕が住んでるマンションのエントランスには何故か赤富士が掛けてある。
客人がくると、なんとなく照れながらこの赤富士を紹介していた。何故か客人たちも少し脱力して笑う。エントランスに赤富士ってなんだか不思議な存在だ。

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元々銭湯だった場所に建ったマンションと聞いていたので、それを偲んでオーナーが掛けているのだろうと思っていた。
改めて見ると確かに、カタカナでわかりやすい「ナカジマ」のサイン。『昼のセント酒』での説明と同じだ。
中島画伯は練馬区出身だし、おそらく間違いない。

そこでピンときてインターネットで調べた。
「石神井台3 銭湯」
すると予想通り、マンションになる前の銭湯の名は『富士見湯』であった。
ここからは冬には富士が見える。だから『富士見湯』なのだ。

記事によると2009年に廃業とあるが、在りし日の姿はかなり立派な戦後の東京の銭湯の佇まいだ。
富士見湯だけに、男湯と女湯にまたがる大きな富士山のペンキ絵があり、勿論中島画伯の作品。
記事を書いた方は気づいてないかもしれないが、実は本物の富士も見える富士見湯なのだ。煙突掃除の人ならば知っていただろう。
、、、いや、常連さんならば知っていたかもしれない、富士見湯の前の道を西に歩くと、冬は遠くにぽっかりと富士の白いあたまが見えてくるから。

■ 古き良き銭湯の跡地にマンションが建つ、残念な話だと思う。なんとなく、住んでる自分に後ろめたさも感じてしまうほどだ。
多分オーナーが最も残念に感じているのだろう。だからこそエントランスに中島画伯の赤富士を飾ったり、最上階からは富士見が出来るように、このマンションを作ったのだと思う。
深読みかもしれないが、まるでクイズのヒントのように、往時を偲ぶ要素が残されているのが素敵じゃないか。

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真っ青に晴れた寒い昼さがり、富士見湯の一番風呂につかる。
すっかり暖まった体で外に出ると、冬の冷気が心地よい。
駅への近道は右だけど、左からまわれば遠くに冠雪の富士山が見えるだろう。
ゆっくり歩いて駅についたら、駅前の居酒屋『あっけし』で生ビールを飲もう。肴は蒸し牡蠣と肉豆腐かな。

そんな、今となっては叶わない僕の『セント酒』を想像して、石神井台3丁目に在りし日の富士見湯に思いを馳せた。

某月某日

昨晩未明より降り続く雨の中、新木場の田口さんの所に誰そ彼の為の機材を借りに行った。
そろそろ誰そ彼当日の朝の定番となりそうな、新木場~築地~神谷町というコース。
機材を載せた後は、雨の本願寺にお参りをし、築地市場場外で遅めの朝ご飯を取る。
今回は、いつも通りがかりに気になっていたきつねやのホルモン丼にした。
雨は激しさを増してきて既に我々の体に野外フェス感が身に染み出している。

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こんな豪雨の中、果たしてお客さんは来てくれるのだろうか?という不安の中、とりあえず午後まで光明寺の和室で仮眠。

目が覚めても空は変わらず、続々集ってくるスタッフやご出演の方々と口々に「天気が残念」と言い合っていた。

しかし、押し気味ながらもなんとか4組のリハを終えて開場しようと戸を開けるとビックリ!、テラスにはそれなりの人数のお客さんが集まってくれている。

ライブ一番手はRocket or Chiritori。
2009年のThe Rational Academyとの共演を経て、今回は彼らからのラブコールもあり二度目の出演依頼をさせて頂いた。
バンドスタイルでのライブは久し振りとの事で、ご当人達もとても楽しみにしてくださっていたようだ。

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今回持参してくれた手作りの限定新作epの一曲目「ohametsu daihyakka」からスタート。

相変わらず青春の瑞々しい感覚を呼び起こしてくれるメロディーが素晴らしい。
90's Alternativeの良い加減を飄々と体現してらっしゃる姿勢は、我々誰そ彼スタッフも非常に憧れるところ。今一緒にイベントをしている事を嬉しく思い乍ら聴き入ってしまった。
これまた新作ep収録の「Tom-kun」もいい曲。

続き、Chihei Hatakeyamaの演奏。

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これも想像以上に誰そ彼のステージにマッチしていて、密かに心が小躍りしてしまった。
温かみのあるロケチリのパフォーマンスでほぐれた心を、再びピシッと引き締めるような筆圧高めの音。
こんなにピンポイントで胸を打つドローンは初めてだ。
まるで本堂の空間に絵を描いているかのように感じられた。

A Happy New Yearは、NY在住のオーストラリア人Eleanor Logan姐さんのソロユニット。

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事前に音を聴いた限りではラップトップや機材を並べて歌うのかとおもいきや、意外にSG&サムエフェクターという弾き語りスタイル。
キャットパワーなど、往年のマタ女(マタドール女子)好きには堪らない感じの
これまた90's Alternative根付く文系パフォーマンスに眩しさを覚えた。

そして、光明寺僧侶 松本紹圭による法話の時間。

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今回は法話というよりは、何故このイベントが始まったのか?という切り口から、我々の活動の芯となるこころの部分について話してくれた。

トリのThe Rational Academyが始まる前に、僕はベンジャミンとの約束を果たすべく、1枚のレコードをかけた。
彼は覚えているかわからないが、2年前の来日直後にTwitterのやり取りの中で、Dr.OctagonのBlue Flowerっていい曲だよねという話になり、「次に誰そ彼きた時はかけるよ!」と約束していたのだ。
イントロがかかった瞬間に、舞台でセッティング中だったベンジャミンが
気付いてこちらを見て、親指を立てて笑ってくれた。

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The Rational Academyは前回出演時とは編成がガラッと変わっていた。

本堂でドラムは基本的に使えないので、それらを考慮したお寺用セットにしてくれているが、小音でもバッチリとマイブラ的な甘くてノイジーな音像を紡ぎ出していた。
ベンジャミンのメロディーや歌声は相変わらず人懐っこく、オケをバックに歌いあげた数曲にもすっかり引き込まれてしまった。
音楽に愛すべき人柄が溢れ出している。


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最後は恒例の読経にて終了。
クロージングBGMとしてかかった「SMiLE」を聴きながら、豪雨の中来てくださったお客さんやご出演者、そしてスタッフ達に感謝。

ありがとうございました。次回は(恐らく)来年の春に!

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某月某日

間も無く、11/19(土)に「誰そ彼 vol.23」を開催する。
今回はオーストラリアから来日する The Rational Academyと、NYのアーティストHappy New Year をお迎えする為に企画をした。

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The Rational Academyは2009年に誰そ彼に出てくれた事があり、今回「また日本に行くのでブッキングしてくれないか?」との依頼があったのだ。

初めて彼らの音楽を聴いた時に凄く同調して、きっと僕と同じ様な音楽が好きなんだろうなあ、と感じる所があった。
実際、打ち上げの席では僕がDJ用に持参していたレコードやCDの話で盛り上がったのだった。
山本精一&大友良英のギターデュオのCDをあげたら喜んでくれて、彼らは自分達の作品を贈ってくれた。

その時、対バンとしてブッキングをしたRocket or Chiritoriの音楽もとても気に入ったらしく、二者の交友が深まっていったというのも嬉しかった。

再来日の報を受けてすぐに思い出したのは、そんな様々のゆるやかな好ましい繋がりで、今回もまた彼らが喜んでくれそうな日本のアーティストをブッキングしたいと思ったのだ。

誰そ彼スタッフ皆で案を出しあってよく考えて、ピン!ときたのがChihei Hatakeyamaさんだった。

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僕は直接お話しした事はなかったけど、幾度かライブを拝見していて、いつか誰そ彼に出演して頂きたいと密かに思っていたのだ。
なんとなく直感で、今回の組み合わせはぴったりだと思い、お願いさせて頂いた。
山本精一&大友良英のギターデュオのCDを「眠る時にうってつけ」なんて言ってたThe Rational Academyもきっと好きなんじゃないかな、と思った。

そしてやはり、誰そ彼出演をきっかけに交友が始まった二者にも共演して頂きたいと思い、Rocket or Chiritoriにもお声掛けした所、喜んでご快諾頂いた。

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久々のバンド形態で気合いを入れて準備中との事で凄く楽しみだ。

しかも驚いた事に、The Rational Academyのベンジャミン曰く、Chihei Hatakeyamaさんとも以前オーストラリアで出会っており、面識があるとの事。
これをご縁と言わずして何をご縁と言おうか。

こうして決まった4組の出演者、住む場所も音楽性も様々だけど、とても親しい空気が流れるだろうという自信がある。(まるで学園祭や同窓会のような。)

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ご出演の方々にも、そしてご来場のお客様にも、「世間」と「世間」の間を繋ぐ、見えない糸による和やかな空間を体感して頂きたい。
是非とも皆様、11/19(土)は光明寺 誰そ彼Vol.23へお参りください。

※上記の様な情熱ブッキングにより、今回はご出演者が普段より多めの豪華仕様となっております。
ライブスタート時間も少し早いので、下記のタイムテーブルをご参考にお見逃しのなきよう。

【11/19(Sat) 誰そ彼 Vol.23 タイムテーブル】
17:00 開場
17:30~18:00 Live/ Rocket or Chiritori
18:10~18:50 Live/ Chihei Hatakeyama
19:00~19:40 Live/ Happy New Year
19:45~20:00 法話/ 松本紹圭(浄土真宗本願寺派)
20:10~20:50 Live/ The Rational Academy
20:50~21:00 読経

LUZ DO SOL

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某月某日

朝7:00に家を出ると土砂降りだったが、有楽町線が地上に出て新木場に着く頃には何とかあがっていた。
この日行われる誰そ彼 Vol.22の為に足りない機材を借りに、スタッフ数名が集まった。
工業用のデカいエレベーターに乗ってあがると、ドラマの撮影にでも使われそうなガランとした大部屋の一角にスピーカーやらアンプやら謎の機械やらが、乱立して街をつくっている。

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その中から、いつもお世話になっているTaguchiの田口社長が顔を出す。
まるでバックトゥザフューチャーの博士みたいでかっこいい。

いくつかの機材を車に詰め込むと、築地で朝飯を食おうという声があがった。
土曜なので場内市場があいている、僕は兼ねてより食べたいと思っていた『中栄』のカレーを主張した。
みんなインドカレー辛口とハヤシライスの「あいがけ」を注文。まんなかのキャベツの使い方が迷うところだ。

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インド留学を経た光明寺の松本君は、お店の雰囲気や市場そのものの空気にインドを思い出していたけど、世界中どこへ行っても賑わう市場というものはこんな感じなんじゃないかな、と僕は思った。
今日の出演者の久住昌之さん原作の『孤独のグルメ』の主人公だったら、どんな事をつぶやきながらあのカレーを食べ、何を思ってこの市場の通りを歩くだろうか。

そのまま築地本願寺へお参りをしたら、修学旅行か合宿かというムードで妙なテンションになり、光明寺についたら皆でビールをひとくち飲んで、雑魚寝で仮眠をとった。

1時間後、昼を迎えて準備を始める頃には晴れ間も見えてきた。
実はこの日お願いしていたPAさんがぎっくりをやってしまってまさかのPA交替劇があったり、光明寺にあると思われていたプロジェクターが平塚のお寺に行ってしまってたり、「nam」印刷中のプリンタが断末魔の叫びをあげたり、色んなトラブルが多発した。準備でこんなにドタバタする誰そ彼を久々に見た。

各自何とか持ち場でこらえつつ、開場してお客さんが入ってくると、とてもホッとするとともにドッと疲れが襲ってくる。。。
しかしそんな疲れも、トップバッター久住さんによるスライドショー「Projector Q」をみて笑ってふきとんでしまった!

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久住さんが各地で撮り貯めたおもしろ看板、へんてこ物件などを映写しながら的確なつっこみをいれていくのだが、これがとても素晴らしい。
何が素晴らしいかというと久住さんは何気ない日常の風景を切り取って、それをガラリと愛おしいものに変容させる視点の持ち主。
その風景の中に残された誰かの思いを見事に抽出して、楽しく共感できる形で見せてくれるのだ。

実は以前からずっと、光明寺でProjector Qをやって頂きたかった。
お客さんが爆笑なのはもとより、ご出演者の平田王子さんもお腹を抱えて笑っていらして、やはり今回このお二方にお願いして大正解!と確信が出来た。

そのまま、久住昌之 & BlueHipのステージ。
誰そ彼でこんなに大人数のステージを見るのも久しぶりといえる編成で賑やかに始まった。
先ほどのProjector Qと同じく、久住さんの曲は老若男女が楽しめる、初めてでも楽しめるという点が、お寺という場所にマッチしていると感じる。
だからこそ築地本願寺ライブでも、境内ステージと本堂ステージの両方を務めて頂けたのだ。

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確か2007年にご出演頂いた時には「できたて」と仰っていた『お寺へGo!』は寺ライブの定番になりそうな予感。誰そ彼のテーマ曲にさせて頂きたいくらい。
『歩いてゾンビ』という曲の中で『スリラー』のフレーズを挟んで、セクシーダンサーが踊る場面には、日本の宗教観のおおらかさを思ってうれしくなった。

気付けばあっという間に時間は過ぎて、ラストは大名曲『自由の筈』でシメ!阿弥陀様をバックに歌われる「生まれちゃうのは偶然 いつか死ぬのは必然」という歌詞がググッと皆のこころに沁み込んでくる。

続いては増田将之さんによるご法話。増田さんとはこの日まで直接の面識がなかった。ご出演の経緯は、なんと誰そ彼で法話がしたいと直々に申し出てくださったのだ。
これは本当に有難いこと。お寺のライブイベントを続けていて良かった!と思える瞬間。

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控え室からこの日の会を楽しんでおられたご様子で、前述の久住さんの『自由の筈』の歌詞について「いつか死ぬのは必然」と歌われていたが、今日話そうと思っていた事とほぼ重なっている、という出だしから。
光明寺のお坊さん木原君や、誰そ彼スタッフで僧侶の杉生さんも、この歌詞に対して仏教的な意味あいを感じていたが、やはり仏教の考えと同じなんだなと再認識。久住さんはその影響があって書かれた歌詞なのだろうか。

はじめての場、という事もあり今回は増田さんご自身の人生の経験を軸に語られていた。
意外にノリの良いお方で、キャッチーな挿話も交えつつも最終的にちゃんと仏教のお話に着地し、「死」というものに対しての思いを馳せた。

お寺で「死」について思いを馳せるなんて、一見すればなんとなく湿っぽくなってしまいそうなシーンであるが、全然そんなことない。この日の誰そ彼の雰囲気は、いつにも増して「陽」のパワーに溢れている。それは、増田さんのお人柄があり、その前の久住昌之 & BlueHipのステージ、そしてProjector Qでの大爆笑という流れがあってこその事。
さっきまで犬のおしっこで電柱が溶けてる写真を見てみんなで笑っていたかと思えば、その1時間後には同じ場所でお坊さんに「死」についての話を聞く。それらをフラットに成立させたいというのは、誰そ彼の本望なのだ。

そしていよいよ今日の大トリ、平田王子さんのご登場。
久住さんのライブが"太陽"のパワーだとしたら、平田さんは"こもれ陽"だろうか。木々の葉を通して届くあたたかい光のイメージだ。
一曲目は平田さんの新しいアルバムの中でも僕が特に好きな『Isto aqui o que e』で始まった。静かに、幸せがこみ上げてくる。

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昼間のリハーサルの時、音が大きいと本堂の扉を閉めるのだけど、平田さんの場合は大きくないので、あえて扉を閉めずにリハーサルをして頂いた。
というのは、単に僕が光明寺の外の緑色の景色を眺めながら平田さんの演奏を聴きたいという個人的な魂胆からだったのだが、平田さんもテラスの外の景色を見ながら演奏をする事で感じいるものがあったようだ。

テラスから見える古い大きな桜の木。木の下にはお墓が広がっている。その木を思って、なんとなく愛のうたを歌いたくなったとの事で、ジョビンのナンバーを中心に演奏されていたのだ。
凄く感覚的だけど、僕も何故か凄く同調して、愛のうたを聴きたくなった。
来ているお客さんも同じ気持ちになっていたら嬉しいなと思い、そして平田さんも仰られていたように、昼間の光明寺に来てあの木を見ながら今夜の演奏を思い出してもらえたらもっといい。

平田さんオリジナルの『台風リンゴ』は日本語の歌詞バージョンも良かった。ハワイアンの曲もお寺にとてもマッチしていた。
ちょうど一年前の10/20『誰そ彼 Vol.20』にご出演いただいた渋谷毅さんの名曲『生きがい』では、色んなご縁を思って思わずグッとくるものが、、、。
いつか渋谷さんとのデュオでもご出演頂けたら...と、贅沢な妄想もしてしまった。

また、平田さんが光明寺で演奏した感想として「お寺ならではの開かれた空気を感じる」と仰っていた。大分忘れてしまっていたけど、僕も8年前初めて光明寺を訪れた際に「この風通しの良さなら何でもできそうだな」と感じて誰そ彼を始めたのだった。
いつかその空気を当たり前に感じる様になったけれど、またその感じを思い出してみよう、なんて初心にかえるような懐かしくて新鮮な気持ちになったりもした。

最後は、光明寺のお坊さんと増田将之さんが登場し、お客さんも一緒にみんなでお経を詠んで終了。ありがとうございました。

本日はお寺の音楽会「誰そ彼」へ、ようこそお参りくださいました。


某月某日

日付が変わって、いよいよ本日の誰そ彼 Vol.22 開催によせて、入場時配布のフリーペーパーに書いた文章を転載する。

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『From 喜怒哀楽』 - 誰そ彼 Vol.22 開催によせて (文・遠藤卓也)

いきなりですが、「世間」という言葉の意味をご存知ですか?

元々は仏教用語であり、日本ではその後に一般名化し「この世」「世の中」「社会」のことを表す言葉ですが
単純に「社会」という言葉とイコールで括れない性質があるというのはなんとなくわかります。

例えば、学校はひとつの「社会」だと思いますが、個人の感覚でいくと学校全体と関わっているというよりは
担任の先生や仲の良いクラスメイトから形成される"輪"と関わっているという感じです。
その、一言で定義出来ない集合を言い表す言葉として「世間」は有用なのではないでしょうか。
考えようによっては、家族もひとつの世間ですし、職場や学校でも特定の集合においては世間といえます。
今日誰そ彼に一緒に遊びにきた友人同志でも、ひとつの世間を形成していると思えませんか?

人は多かれ少なかれ、自分が参加できる世間をいくつか持ち、その往来で毎日の暮らしが成り立っていると考えられます。

そんな「世間」のレイヤーで自分の日々を改めて見てみると、それぞれの「世間」の印象が異なる事がわかります。
また、役割もそれぞれであり、優先順位さえあります。

会社や学校の「世間」に参加するのは自由度が低くてメンドくさいな、とか
家族って当たり前過ぎるけど、一番優先すべき「世間」だな、とか
好きなあの子の居る「世間」に参加する時はワクワクして楽しいな、とか
世間に参加する事は、良かれ悪かれ刺激である事は確かで
その中で、喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだりしている自分を見つけられます。

光明寺のお坊さんの松本圭介くんがインド留学から帰って来た時に、「お寺の役割」について話しました。
彼は、お墓を守ったりご法事を行なったり相談ごとにのったりと、いわゆる檀家さんという「家族単位」に対して担う役割があると共に、
そうではない「個人単位」に対しても心の豊かさや安心を提供していきたいと言っていました。

それを聞いた時に、お寺が誰かにとっての「世間」になれたらいいのかな、と思いました。
光明寺を全然知らない人でも、気軽に「世間」を増やせるような、きっかけ作りの窓口を準備していく事が、
「個人単位」に提供できるお寺の役割のひとつなのではないかという話をしました。

そういった意味では、光明寺ではテラスを開放してお坊さんがお茶を出したり、ヨガ教室がおこなわれたり、
この誰そ彼もあったりと既にいくつかの「世間」の用意があります。

今日はこの誰そ彼という「世間」に顔を出してくれた皆さんが、居心地良く思ったり、
ここで見つけたご縁でもって新たな「世間」を形成したり、皆さんの日々において
美しい感情を喚起するきっかけの「世間」となれていたらいいな、と思うのです。

本日は、お寺の音楽会 誰そ彼へようこそお参りくださいました。

某月某日

先日、NHKにて宮藤官九郎さんと向井秀徳さんが「私の10曲」を選ぶという趣旨の番組をやっていた。
向井さんは8年前の誰そ彼 Vol.3や、築地本願寺ライブにもご出演頂いたご縁がある。
それに宮藤さんという組み合わせも面白く、とても興味深く観た。

特に印象的だったのが「今の自分をあらわす1曲」というテーマで、2人とも震災後に音楽をあまり聴かなくなった時期があり、また聴ける様になったきっかけの曲を挙げていた事だ。
向井さんは『東京節』、宮藤さんはエンケンさんの『ラーメンライスで乾杯』をセレクトされていた。

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『東京節』は古くからある歌だけど、これまた以前誰そ彼にご出演くださったあがた森魚さんによるカヴァーを僕はよく聴いていた。
エンケンこと遠藤賢司さんは同姓のヒーローとして尊敬の眼差しで、こちらも築地本願寺ライブご出演頂いた折に、職権濫用(?)とわかりつつも思わずサインを頂戴してしまった程のファンだ。

曲をよく知っているが故に、両者の選曲には非常に頷いた。
震災のあとにふとiPodでランダムに再生された『ラーメンライスで乾杯』が気になって、その後何度もリピートして聴いていた、という宮藤さんの体験を想像して、自分の身にも起こりえたのではないかと思える程に強く共感した。

僕にも似たような事があった。
当時このブログ日記にも書いたが、地震があっても続く暮らしの中、漠然と捉えながらどうしようも出来ない不安に元気を失くし、僕もやはり消耗していた。
そんな折に、吉祥寺サムタイムで聴いた渋谷毅さんと平田王子さんの演奏が、
僕にとっての『東京節』であり『ラーメンライスで乾杯』なのだ。

いつもと変わらぬ佇まいで穏やかに力強く響く渋谷毅さんのピアノ。平田さんの歌声とギターは初めて聴いたのだけど、よく知る歌を鳥のような美しい声で楽しく歌っておられた。
なんというかその情景に、少し安心して少し元気が出たのだ。
その時に、この音楽をみんなと共有したいと心から思い、翌日平田さんにメールを送った。

その思いが、10.22の誰そ彼 Vol.22で愈々結実する。
共演者はみんなでたくさん悩んだ結果、ご縁の長い久住昌之さんにお願いした。

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何故久住さんにお願いしたかと問われると、なんとなくしっくりきそうだと思ったという直感もあるが、久住さんが先日リリースしたアルバムの一曲目『ボクだけの線』の歌詞からの影響があるかもしれない。
その箇所を抜粋させて頂くと、

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ボクにしか引けない線で キミの顔を描きたいな
ボクにしか出せない色で キミの髪を塗りたいな

ボクにしか出せない声で 今の気持ち伝えたいな
ボクにしか弾けない音で 古いギター鳴らしたいな
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この曲を初めて聴いた時に、毎回こんな気分で誰そ彼を企画しているなあと思ったのだ。
今回も個人的な経験から始まった思いではあるが、正に「ボクにしか出せない声で 今の気持ち伝えたいな」という気分からだ。
震災後に吉祥寺のサムタイムで実感した、あたたかい色で輝く空気をもっと多くの人と共有したいという思い。
そんな思いが静かに、そして賑やかに鳴って、来てくださったみなさんが楽しく安心な気持ちになれるといい。

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お寺の音楽会 『誰そ彼 Vol.22』 

日時:2011年10月22日(土) 17:30~21:00 
場所:梅上山 光明寺(東京 神谷町) 
http://www.komyo.net/ 
料金:1,000円 with 1ドリンク 
※ 今回はご予約制ではありません。当日、どなたでもご入場頂けます。 
出演: 

[Live] 
・平田王子 
http://kimikohirata.chu.jp/ 
・久住昌之 & BlueHip 
http://www.qusumi.com/ 
メンバー: 
久住昌之(歌、生ギター)Shake(キーボード)フクムラサトシ(サックス) 武士守廣(ベース)荊尾浩司(カホン)美香&陽子(ダンス) 
・Projector Q
(久住昌之さんによるおもしろスライドショー)

[法話] 
・増田将之(浄土真宗本願寺派) 

[選曲] 
・Busse Posse DJ's 

[Food]
・料理僧 KAKU(from 暗闇ごはん)
http://www.higan.net/kurayami/

[Drink] 
・神谷町オープンテラス 
http://www.komyo.net/kot/ 

more info 
http://www.taso.jp
某月某日

会社帰りに吉祥寺のサムタイムに寄った。
以前誰そ彼でベースを弾いてくれた福岡の松永誠剛くんが
ブッキングしたライブがあったのだ。

出演はフランスのレミ・パノシアンのピアノトリオ、
そしてアルメニアのティグラン・ハマシヤンのソロピアノという
ピアノづくしのイベントだ。

サムタイムの階段を降りると、いつもの安心の空気が広がっている。
誠剛くんは前日の東京JAZZでティグランの演奏を
初めて生で聴き、その若き才能にやや興奮気味の様子。
今回誘ってくださったキングレコードのSさんも準備に動いておられた。

最初はフランスのレミのトリオ。
曲も演奏も兎に角瑞々しく、隅々までに愛嬌がゆきわたる。
バラエティに富んだ楽曲の上で、会場を楽しませようという
3人の心意気が和やかに競いあっている感じだ。
ひとつのショウとしてすっかり完成しているにも関わらず
全然暑苦しく感じないのはなんだかフランスっぽいのかなと思う。
そしてやはりレミの若い感性に共感する部分も大きい。

誰そ彼で過去二回も演奏してくれているピアノのSaaraさんも途中でサムタイムにやってきて乾杯。
久々の再会がうれしい。

そして愈々、アルメニアのティグラン・ハマシヤンの演奏。
レミとはまた違った魅力の人だ。
寡黙で朴訥とした青年で、なんとなく親しみと好感を抱いた。

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祖国アルメニアのフォークソングを素地としているのか
清らかなる静謐さと、若さ宿る前衛の往来に、フっと郷愁を匂わせてくる。
そして、徐々にパッションを盛り上げていくミニマリズムにはジョン・ケイルのギターを思い出したり、
思わず漏れ出る唸り声と歌にミルトン・ナシメントのサウダージを浮かべ、
その躍動の隙間に時折キラキラ光る清流のような、あたたかく精緻なタッチはジスモンチみたいだ。

ピアノのスタイルで言ったら、いくつかのジャズの巨人の名が挙がるのだろうけど
それだけでは語りきれない魅力を備えていると思う。
前述のアーティスト達はもちろんの事、例えばレディオヘッドやビョークを聴くような
ロックリスナーにも気に入られそうな才能だ。

聞くところによると、世界的にも有名になってきたティグランが
故郷アルメニアを離れないのは、ボーダレス化が過ぎる世界へのアンチテーゼとの由。

イマドキのいわゆる「何でもあり」が慢性化すると、"ロマン"みたいなものが
足りなくなってきちゃうんじゃないかという漠然とした危機感を覚える時がある。
世の中にはそっとしておかれるべき奥の場所がきっとあって
その境界にどかどか土足で踏み込んでくるような「ボーダレス化」ならご免、て僕は思う。

ティグランのようなアーティストには、ボーダーをキープしつつマージナルをどんどん徘徊してほしいな。

以上は完全に僕の思いですが、ティグラン本人の思いについてインタビューを読んでみたいなあ。
この来日で、いくつかの音楽誌に露出していればいいけど。

因みに、誰そ彼は夕暮れ時のどさくさに紛れて何時の間にか境界線を曖昧にしておくのが趣味。
朝が来るまで気付かない、
一夜限りのフラットな場所を標榜とする。
、、、ナンチャッテ!

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